オチは涙のにわか雨
誰かが「恋」は、下に心がある→下心があるなんてことを言ってたけど、僕はそう思わない。僕は「下心さえも生まれない状態」こそが「恋」だと思う。手、指、頬、髪、肩、それらに触れただけでドキドキするような状態が、恋だと思う。・・・なら、はたして世の中の「恋人」と呼ばれるもののどれだけが恋をしているんだろうか?
「守りたい」という愛情はいらない、「そばにいたい」という恋心だけでいいや。そして、告白することもなく、ずっと片思いで終わるんだ。夜中になったら布団の中で少し泣く、そんな自分が好きだ・・・ってナルシストかよ?
ムチャ素直な気持ちで会いに行きたい
パジャマのままで受け止めておくれ
『放浪カモメはどこまでも』スピッツ
猫
猫と一緒に住みたい。今はアパートだから無理なんですけどね。何年かして引っ越したら。
あえてここで「飼いたい」と書かないのは、「猫=自由」という印象があるから。別の言い方をするなら同棲。
決して互いに束縛しない、のんびりほのぼの。どっちが上とかなんてない。
僕を嫌になったら出て行けばいいし、腹が減ったときに来ればいい。
飯にも飽きたら別の場所を探せばいいし、淋しくなったら何気なく部屋に入ればいい。
そんな猫は、なんか人間っぽいと思う。だから犬より猫がいい。
いつかきっと住もう。
恋と呼べるなら
僕は誰かを愛したいとか愛されたいとかあまり思わない。むしろ、恋をしたい。
どういうことかというと、例えばそばにいるだけで嬉しい、話すだけで楽しい、笑顔を見れば笑顔になる、その程度でいいということ。キスをしたいとか、色々したいとか、そういう欲はいらない。小中学生の頃に戻りたい。無理だけど。
そして、別に付き合いたいとも思わない。その人に彼氏ができたら切ない気持ちになるし、後悔はするだろうが、でも付き合ったら、恋が愛になってしまう気がするから。
例えるなら、恋は「つぼみ」、愛は「花」。僕はつぼみでいい。咲く前に、咲いた姿を想像するだけ。・・・そうすれば、花びらが散る様は見なくて済むだろうからね。
離さない 優しく抱きしめるだけで
何もかも忘れていられるよ・・・
・・・ほこりまみれの街で
『スカーレット』スピッツ
放浪カモメはどこまでも・・・
自信を持つことと勘違いをすることは異なるものだ。その境目を自分で気付けるかどうか、その賢さは何かで成功するために必要だと思う。絶対ではないが、あった方がいい。
よく「がんばればできる」「正しい人間が勝つ」「努力次第だ」なんて雰囲気が出てる少年マンガがあるが、結局はほとんどが「才能がなければ何をやったって無駄なのさ」ってことだ。ドラゴンボールもキャプテン翼も聖闘士星矢もそう。そう考えると、ジャンプは小学生の頃から僕に現実を教えてくれていたのかと驚くね。ただ、当時はバカだったからそんなこと感じ取れなかったけど。
「やればできる」なんてお世辞的に言うことはよくない。「無理じゃない?」という答えの方が必要な時だってある。相手のことを本当に考えるならね。それから本人も、諦めの時期を決めておくべきだ。「やってみなくちゃわからない」がいつまでも続くならやめた方がいい。だけど、いくらか可能性を見出せたなら、その道を進んでみればいいかもね。
見ろ あの夕焼けを 美しい・・・
上昇し続けることはできなくてもまたやり直せるさ
『放浪カモメはどこまでも』スピッツ